プロフィール

はじめまして、びんちゃんと申します。

いきなりびんちゃんと言われても誰か分からないと
思うので簡単に自己紹介すると、

  • 大阪に住んでいます。
  • 製造業のサラリーマンで設計職
  • 会社行くの辛いなと、思いながら毎日通勤
  • 会社に行っても大した仕事が無い
  • 不動産投資を勉強して3ヶ月で大家になった。
  • 資金の問題で不動産投資を断念(今も1物件所有)
  • ゆいさんをメンターとしてネットビジネスを勉強中
  • Twitter、ブログ、YouTubeをやってます。
  • Twitterフォロワー4000人超
  • googleアドセンス10記事一発合格

 

こんな私ですが、
「サラリーマンを卒業したい」
という思いがあります。

そして、同じ思いのお父さんにネットビジネスを知ってもらい、
サラリーマンを卒業できるようブログやメルマガで情報発信を始めました。

私はお金のことで我慢せず、
時間を自由に使えるようになりたいと思っています。

今の私は

  • 家族と遊びに行っても予算が足りないからと遊びを限定する
  • 子供が留学したいと言ってもお金を出してやれそうにない
  • 大好きなバイクに乗りたくても家計を優先して我慢する
  • 混んているのが分かっているのに土日にスキーに行く
  • 家族との時間を優先して自分の趣味を後回しにする

不満といってもこの程度で凄い贅沢を考えているわけではありません。

この程度ですが、それでも
「お金が無くて我慢する。」
「時間が無くて我慢する。」
という状況から開放されたいと思っています。

あなたはどうでしょう?
今の給与で定年まで我慢をしながら働き続ける自信はありますか?

私は自信ありません。

一応、定年ってありますが定年でリタイヤなんて出来ないですよね。
サラリーマンだと、いつまで働かなくてはならないか分からない。
死ぬまで我慢を続けて働かなくては食べていけそうにないですよね。

そんなの、私は嫌です。

だって、一度きりの人生じゃないですか。
私も、もうすぐ人生の折返しです。

やりたいことがあっても、体力や気力は嫌でも落ちてきます。
そんなに時間が残されているとは思っていません。

自分の時間が欲しいし、
それなりの収入は欲しいし、
生活のために一生働くなんてしたくない。

あなたも同じ思いでしょう。

私はそうならないためにネットビジネスの勉強を始めました。
ホントは誰だって老いても働くなんて嫌ですよね。
だったら、今やらなきゃいけないと私は思います。

私は不動産投資でサラリーマン卒業を目指し
一度、資金の問題で挫折しましたが、

今度はネットビジネスでサラリーマン卒業を目指しています。

そして、このブログのコンセプトは、

  • お小遣いレベルからネットビジネスを始める方法
  • 誰でも働きながらネットビジネスの仕組みを構築する方法
  • 働きながらでも勉強する方法

このようなことを発信していきます。

このブログはこんな私の思いが詰まっています。

もし、これを読んで

「家族のために頑張って稼ごう!!」
「しっかり稼いで趣味を再開しよう!!」
「自分の時間を持てるようにしよう!!」

と、ひとりでも思って頂けたら幸いです。

あと、少しでも私のことを知っておいてもらったほうが
このブログの内容を理解しやすいと思うのでプロフィールにまとめました。

ぜひ最後まで読んでください。

昔は典型的な「やればできる子」だった

私は子供の頃から頑張ることが嫌いで壁からは逃げ回り、
そのくせ、「自分はやればできる」と思っていました。

そんな私ですが、小学校の頃は問題児でした。
先生に怒られる立たされるなんてのはしょっちゅうでした。

先生の言うことでも納得のできないことには反発するので、
協調性のない問題児とされていました。

ホームルームで問題として取り上げられ「先生とクラス全員vs自分ひとり」
なんてのはいつものこと。

正直、辛かったですよ。
味方がひとりもいない裁判ですよ。
母親が味方だったことだけが救いです。

そんな中、4年生から進学塾に通っていたおかげで成績はそこそこでした。
ちゃんと勉強を続けていれば有名私学に行けるくらいでした。

でも、5年生から授業についていけなくなり塾をサボるようになりました。
本当にちょっと引っかかると直ぐに逃げていました。

塾の時間だと友達の家に行くわけにもいかず、
やることもなく、あてもなくフラフラとして時間を潰していました。

そんなんだから成績も落ちてきて中学受験なんて全然ムリなレベルまで落ちました。

私は全く目標や夢が無くて頑張れない子供でした。

そして中学になってからも全然勉強をしていませんでした。
部活も厳しいのが嫌で運動部は避けてパソコン部に入りました。

最初は全く知らないパソコンが楽しくて色々とプログラムを作っていましたが、
プログラムが難しくなるにつれ理解できなくなり幽霊部員になっていきました。

そして1年生の3学期に大きな事件が起きました。

友達と遊んでいて股関節を脱臼するという大怪我をしてしまい、
病院に3ヶ月間入院することになりました。

これが後の大きなコンプレックスになってしまいました。

退院して学校に通いながらリハビリを始めたわけですが、
リハビリ通うの面倒だし、痛いしで直ぐに行かなくなりました。

今思えばちゃんとリハビリに行っていれば完治したのかも知れませんが、
超頑張れない子供だった私は止めてしまいました。

リハビリしていないもんだから、
あぐらできない、体育座りできない、真っ直ぐ歩けない。
身体が思ったとおりに動かないから直ぐに諦めるという
悪循環がこのあとずっと続きました。

実はあんまり中学のときのことを思い出せないんですよね。

この頃から目立たず自分の意見を言わずという行動を取るようになりました。
協調性が無いと学校生活ができないので自分を殺してそつなく生活するようしたんです。

こうして中学時代は大した思い出もなく過ぎ去っていきました。

高校に入ってもプライドだけは高かった

今、思えば「やればできる」のプライドだけ高い高校生でした。
母親からも「プライドだけは高い」と言われていましたが、
当時はそれがどういう意味かも分かっていませんでした。

勉強してませんでしたが、なんとか地元の普通科の高校へ進学しました。

1年生の頃はクラスに馴染めず、ずっと独りで昼食は他のクラスの
幼馴染のところへ行って食べていました。
クラスに馴染めず友達はいなくてつまらないなって思って過ごしていました。

そんな中、幸いにもクラス替えで2,3年生は同じメンバーのクラスになり、
友達も増えて割と楽しく過ごせました。
理系のクラスだったので割と気の合う人が集まったおかげだと思います。

小学生の頃よりは大人になったというか、
この頃には波風立てずに人付き合いできるようになっていました。

友達からは「小学生の頃と比べて丸くなった。」と言われていましたが、
自分を殺して表に出さないようにしていました。

今から思い返すと、プライドだけで、やればできると思っていて、コンプレックスがあって、
勉強なんて全然しないし、自分を殺して、好きな子にも好きと言えない情けない生徒でした。

今でも覚えているのが卒業してからクラスメイトの女子に、
「授業中に寝てるか、マンガ読んでるか、ウォークマン聴いてるところしか見たことが無かった。」
と、言われました。
それくらい勉強していませんでした。

実は高校のときには一応目標がありました。
当時は人に教えることが好きで教師になりたいと思っていました。
あと、公務員なら一生安泰だとも思っていました。

でも、勉強していなかったので教師になれるような大学は夢のまた夢。
だからといって、受験勉強を頑張ろうとしませんでした。

やればできると思いながら、失敗するのが怖かったんです。

そこから勉強しなくても行ける私学の工業大学へ行くことにしました。
大学も全く興味が無く行く気もありませんでした。

なんか、祖母や両親から言われて仕方なくという感じで行けるところに行きました。

大学入学から転職まで

大学に行ったものの、全く興味が無くて行ってるので授業が全く面白くなく、
気の合う友達もいなくてサボってばかりでした。
おまけになんか思っていたキャンパスライフとは全くの別物でした。

もっとキラキラしていて研究とかに打ち込んでサークルで楽しんで、
こんなことをイメージしていましたが実際は高校の授業と変わりませんでした。
変わらないというか、高校よりつまらない授業の連続でした。

そんな感じですから大学には大した思い出もなく卒業に6年かかりました。

この頃、ハマっていたのがMTBです。
当時ちょうどアメリカから入ってきて日本でも普及し始めていました。

マウンテンバイクで山を走ったりクロスカントリーというレースに参戦したりしていました。
でも、股関節が悪いもんだから膝に負担がきて痛くなりだんだん離れてしまいました。

足が悪いのに自転車競技なんて無理があったんですよね。

MTBと入れ替わるように二十歳のときに中学からの友達が
バイクの免許を取ってバイクを購入しました。

当時はバイクに全く興味がありませんでした。
どちらかというと車に興味がありましたが高くて買えないので、
なんとなく面白そうだなって思い免許を取ってバイクを買いました。

友達ともツーリングとかで楽しんだのですが大学卒業の年にひとりで北海道に行きました。
これが唯一の大学時代の思い出です。

大阪から陸路で日本海側から青森まで行ってフェリーで北海道に渡りました。
そこから北海道を一周して今度は太平洋側から大阪へと戻りました。

ホント、これは一生に残る思い出になりました。
積丹半島の雄大な景色、8月でも13℃と寒かった宗谷岬、
1日かけて回った網走刑務所、自然豊かな知床半島。

他にもエゾリスやエゾジカに遭遇したりと貴重な体験をしました。

今では入れないカムイワッカの滝の下までバイクで行き、
滝を登って裸になって温泉に入りました。

今では絶対にできないですね。

そんな楽しい1ヶ月半の北海道旅行も終わり、
真剣に就職を考えなくてはならなくなりました。

9月からの就活なんてどう考えても遅すぎなのですが、
就職することにも全く興味がありませんでした。

なんとなく、バイクのパーツメーカーとかから就職の資料を
取り寄せたりしましたが全くピンと来なくて放置していました。

そんな中、たまたま研究室に顔を出したところ教授から、
「就職は決まったんか?」と聞かれ「いいえ」と答えたところ、
「ここへ行ってみろ。」と前の会社を紹介されました。

当時はバブル崩壊後の就職氷河期でしたが理系はそれなりに就職先がありました。
そして、なんとなく面接して運良く採用されました。

しかし、今から考えれば大卒という資格があったおかげで、
それなりに就職ができたことに感謝しています。

そして、有り難いことに新卒として製造業の会社に就職することができました。

本当に中学から自分を押し殺して流されるままに就職まで来てしまいました。

元々、物を造るのは好きだったので結構楽しく働いていました。
先輩方も厳しかったですがしっかりと仕事を教えてくれたおかげで、
設計業務のイロハを学ぶことができました。

今でも設計業務をしっかりこなせるのは、
ここで学んだことがベースになっています。

この会社で最後に自分で設計した機械が今でも一番の思い出です。

この頃、馴染みのバイク屋さんの店長から、
「バイクのレースに出てみないか?」
と、誘われました。

この店長さんが世間的に言うと「悪い人」でした。
悪い人というか正しくは問題行動はありましたが、
ビジネスを知っていて本質を見抜く力があり行動力がある人でした。

世間の常識には囚われない人だったんです。

私のバイクの師匠なるのですが、それ以外にも色々と学びました。
「人間は忘れる生き物だから、忘れる前提で行動する。」
「言い訳をしない。」とか。

常識に囚われずに本質を見ることを教えてもらいました。

レースも最初は順調だったのですが、
やはり、足の怪我の問題で思うように伸びませんでした。

この頃から股関節に痛みが出だし、
リハビリにも通ってみたのですが全く改善しませんでした。

遅すぎたんですね。

レースも仕事も楽しかったのですが会社の給料が安く昇給も少なく、
当時の彼女との結婚も考えていたので将来に不安を感じるようになりました。

そこで、この会社に5年でピリオドを打ち転職することにしました。

いくつか転職先候補の会社に当たってみたのですが、
唯一メールに返事をくれたのが今の会社で、
面接を受けることになりました。

運良く面接も合格し前の職場より給料の高い会社に転職できましたが、

新しい職場は超ブラックでした。

仕事量が非常に多く毎日残業でした。
ひどい時期は始発出勤・終電退社。
そして残業カットの横行。

この頃、うつ手前かうつだったのかもしれません。
通勤中に駅のホームで「あの電車に飛び込んだら開放される。」
って本当に思いましたからね。

まあ、そんな状況で働いていると効率は悪いしミスは多いしで典型的なダメ社員でした。
そんな状況でしたが、当時付き合っていた彼女と結婚して子供も生まれました。

この、結婚して子供が生まれたっていうのが大きな転機になりました。

ある日、たまたま書店に平積みされていた稲盛和夫さんの「生き方」という本が目に付きました。
それまで本なんて全く読まなかったのですが、なぜかこの本を手にとって読むことにしました。

本を読んでこれからの生き方や働き方を考えさせられました。
「これでは昇進できない。」
「こんな働き方を定年まで続けるなんて身体がもたない。」
「家族との時間も取れない。」
と思って仕事の効率化を始めました。

そのために、今まで本を読まなかった私が自己啓発や仕事の効率化に
使えそうな本を読み漁って実践を始めました。

人生で始めて自分から本を読んで勉強しました。

不要な仕事を止めて、仕事を簡素化・自動化して、
きっちりスケジュール・タスク管理して、納期を守って、、、

仕事のやり方も色々と勉強して実践していきましたが、
一番大切にしようと考えていたのが「信頼」で仕事をすることです。
これは稲盛和夫さんの本の影響です。

会社で「肩書」で仕事をする人が多くいました。
でも、そういう人は会社に肩書を外された途端に周りから人が離れ、
何を言っても聞いてもらえず会社に居場所が無くなって去っていくというのを何人も見ました。

それは自分の目指すところではないし、そうなりたくないと思い

「絶対に肩書で仕事をするのは止めよう。」

と、決めました。
そして、部下やアシスタントさんと信頼で仕事をするにはどうすれば良いかを必死に考え
日々のコミュニケーションや日報への返信、仕事の教え方など社内には無い方法を
外から勉強して取り入れていきました。

そんな努力が実って2年でようやく残業が無くなりました。

というか、やり過ぎて自分のすることが無くなりました。
ホントに自分でも頑張ったと思いますし部下やアシスタントさんも成長してくれました。

が、出世コースから外されました。

こんだけやったのに会社って組織は何がしたいか分からないと思いました。
かなり後になってから上司に聞いたのですが、「ミスが多いと思う。」と言われました。
過去のイメージって少々のことでは払拭できないんですよね。

こうして私の育てたチームは何の前ぶれもなく解体されてしまいました。
せっかくやる気になっていた部下が腐ってしまったのを見ると心が痛みます。

救いは仕事をしっかり教えたアシスタントさんが頑張って
今でもレベルの高い仕事をやってるのは誇りです。

私はこれで学びました。

会社という外的要因に頼りきった生き方をしてはいけない。

そして、これだけ頑張れるんだったら、
サラリーマン以外の仕事でもっと稼げるんじゃないの?
と考え始めました。

出世できなければ収入は増えないという思い込み

当時の私は収入を増やすのは出世するしかないと思っていました。
でも、出世コースから外れ、それでも家族は養わないといけない。

だから、副業を始めることにしました。

当時はまだ副業なんて言葉はほとんど耳にしませんでした。
そんな中、副業を始められたのはバイクの師匠の世間に囚われない本質を見る考え方のおかげです。

私は他の仕事をするなら脱サラしかないと思いこんでいましたが、
実は「本業から副業へ徐々に軸足を移せばいい。」ということを本で知りました。
それがロバート・キヨサキの「キャッシュフロークワドランド」です。

この本は今でも時々読み返しますし好きは本のひとつです。

兼業ならリスクが無いと考え2015年にまずは独学で株を始めることにしました。
その資金調達に趣味のバイクと用品一式を売却して資金を準備しました。

「絶対に稼いでバイクに復帰してやる!!」と、いう気持ちで株を始めました。

私は高級外国製バイクを何台も持ちたいとか思っているわけではありません。
ただ、好きなバイクを好きなときに乗りたいだけなんです。

でも、サラリーマンの給与ではたったそれだけのことが叶わないんですよ。
管理職の給与を聞いて必死に働いても昇進してもこの会社では願いを叶えることは無理だとも思いました。

そして、株式投資をネットや本の情報を基に見様見真似の独学で始めましたが、
全く利益が出ずどうしようもない状況でした。

これは独学ではどうしようもないと思ってマイナスが出ないところで止めました。

運良く売り抜けたんです。
そこから色々なセミナーに通ったり講座を調べまくりました。

でも、どれが正解か全く分からなかったですね。

そんな中、ファイナンシャルアカデミーの体験学習会を見つけました。
最初は怪しいなって思いましたよ。
本コースの授業料も30万円と高額だし手元資金も限られているので凄く悩みました。

それでも試しにと思い株式投資と不動産投資の無料講座に申し込みました。
まず、不動産投資の無料講座を受けたのですが、これがちょっとビックリしました。

他のスクールと比べて運営がしっかりしてるんですよね。
ビジネスの勉強をしてから思い返すと本当によく作られた仕組みで運営されていました。
人気があって当然だと今なら理解できます。

そして割と長くスクールを運営している点も安心できました。
詐欺とかダメなセミナーって長続きしませんからね。

そして、2016年4月にファイナンシャルアカデミーの
「不動産投資の学校」に通い始めました。(今の「不動産投資スクール」です。)

株と不動産で悩んだのですが、最終的に自分は「不動産が合っている。」と感じました。
株はルールがガチガチですが不動産は自分次第で結果が変わります。
そこに魅力を感じました。

授業を受けてみて、本当に目からウロコでした。
不動産投資という世界を中立で体系的に教える学校が本当に存在するんだなと。

特に束田先生の授業は最高に楽しかったです。
朝9時から夕方18時までぶっ通しの授業を3日間受けても飽きません。
というか、こんな授業を疲れた顔ひとつせずできる束田先生がバケモノかと(笑)

そして、受講から3ヶ月で初めての物件を購入しました。

さすがに3ヶ月というのはかなり早いほうだそうです。
今でも、この物件は年間20万円のキャッシュフローを生み出してくれています。

ファイナンシャルアカデミーの不動産投資スクールに通って、
私は3ヶ月で無事に不動産投資家になれました。

しかし、資金面で頓挫してしまい次の物件を買うことが4年間できませんでした。
やはり資金が無いと不動産投資は難しいと判断しました。

残念ながら不動産投資はうまくいきませんでしたが、
こんな私でも正しい知識を勉強して実践していけば「できる」と自信がつきました。

そして、世の中の情報商材は詐欺ばかりというわけではなく、
ホンモノの知識を提供する会社や人もいるってことを体験できました。

そして、ネットビジネスへ

ネットビジネスを始める前に不動産投資を半分諦めながら何か副業で
資金を稼がないかと考えていたときです。

ふと、思ったんです。
「ブログアフィリエイトなら自分でも不動産投資の資金を稼げるのでは?」と、

ブログなら大した資金もいらないし不動産の知識があるから記事も書ける。
これなら絶対に稼げると思いました。

そこで、2019年10月よりブログで不動産投資の情報発信を始めました。
最初は簡単にブログのアフィリエイトで稼げると思っていました。

不動産投資の知識を記事にして広告ペタペタ貼れば利益が出る。
そんなイメージでブログを始めました。

甘かったですね。

そこから、5ヶ月くらい彷徨いました。
Twitter集客が良いと聞いたらTwitterを始めて、
色々なブログや有料noteも参考にしましたが好転する兆しはありませんでした。

そんなときにTwitterでゆいさんのアカウントを見つけました。
どうも「仕組み」が無いとPV集めてもブログ書いても収益にならないらしい。

ゆいさんのプロフィールを見て最初は怪しいと思いましたよ。

月収400万の元年収1500万のOLって怪しいでしょう。
師匠が年収3億円の起業家とか。
そんな詐欺ってネットにゴロゴロしていますから。

でもね、何か気になって言っていることが本当なのか気になりました。

そこから暫くストーカーしました。

なんか女性のアカウントをストーカーってヤバいですよね(笑)
ブログ記事やツイート、YouTubeとか片っ端から見ていきました。

そうやって言動を追いかけたところ、
「一貫性があってまともだな。」と思ったんです。

これはやってみると面白いのですが、
気になるインフルエンサーを追いかけていると色々と見えてくるんですよ。

万垢でも言葉がブレブレだったり方向性が迷走していたり、
フォロワーを煽っているだけって人がいます。

これって信用できないですよね。

私は不動産投資を勉強したことで、
「一貫性のある体系的な知識は価値がある。」
って、ことを学びました。

それと、もう一つ勉強してみようと思った理由が、
「どうして、ゆいさんのコンテンツレベルで利益が出ている理由が分からない!!」
って、疑問があったんです。

ゆいさんのコンテンツはお世辞にもレベルが高いとは言えません。
ブログの見た目は普通で広告は無いし、YouTubeの動画は音量が小さいし
キーの打音がカタカタ入ってるし、どうして利益が出ているか全く理解できませんでした。

これはもう飛び込んでみないと分からんだろうと思い、
ゆいさんを信じて仕組み化を勉強することにしました。

そこからネットビジネスの基礎になる「仕組み化」の勉強を始めたわけですが目からウロコでした。

仕組み化を使って不動産投資のブログやTwitterを成長させていったところ、
PVもフォロワーも順調に増えて「これなら利益が出る!!」って確信しました。

でも、やっていくうちにひとつの考えが生まれました。

「これなら、不動産よりネットビジネスやったほうが早くサラリーマンを卒業できんじゃない?」

正直、ネットビジネスで儲けたいだけなら仕組み化を使って
不動産投資の知識を販売すればいけると思いました。

でも一つの疑問が生まれました。

自分が失敗した不動産投資のコンテンツを買った人は幸せになれるのか?

コレ、違うなって。

メルマガに書いたのですが商品を買った人が幸せになれないものを
売るのは詐欺と変わらないと思うんです。

私の母親が老後資金でつまらない商品を買わされたことがあり、
より強く思うようになりました。

そして、2020年7月1日

思い切って不動産投資を捨ててネットビジネス1本の発信をする決意をしました。

今はTwitterのフォロワーも順調に増え、
ブログのPVもメルマガ登録も少しづつ増え始めました。
2ケタですが僅かながら利益も出始めています。

ちゃんと正しい知識を勉強して行動するって凄いですよね。
全くPVが増えずフォロワーが増えず利益も出ていなかった
私でもゼロがイチになったんですから。

子供の頃からプライドだけ高くて努力も勉強もせず逃げ回っていた私でもできるんです。

ネットビジネスは誰でも正しいことをコツコツ続ければできます。
これって凄いことだと思いませんか?

これから更に勉強して情報発信していきますので宜しくお願いします。

最後に

私はまだネットビジネスの勉強中で発展途上です。
45歳になって、こんな勉強を始めるとは夢にも思っていませんでした。

サラリーマンの世界では45歳なんて転職したら年収や待遇は下がる、
独立なんて無理っていうのが常識です。

でも、それって誰が言っているのでしょうか?

転職した人でしょうか?
独立した人でしょうか?

違うんですよね。

経験の無い人が言っているだけです。

私の祖父は90歳で禁煙しました。
そのときの言葉が
「何かを始めるのに遅いということはない。」
という言葉です。

そう、何かを始めるのに遅いなんてことは無いんですよ。

私は45歳からネットビジネスを始めるのは遅くない、
むしろ早いくらいだと思っています。

だから、同年代のお父さんに諦めて欲しくないと思っています。

就職氷河期に社会に出て給与は上がらず、
さあ、これから給与が上がるというときに役職は渋滞、
団塊ジュニアで人が多いという理由でリストラ対象。

なんか理不尽ですよね。

私はその流れに乗らない道を選びました。

だから、あなたも「しょうがない」と諦めないでください。
ネットビジネスならリスクは無いに等しいです。
失敗しても家族に迷惑をかけることはありません。

一人でも多くのお父さんがネットビジネスにチャレンジして、
成功してもらいたいと願っています。

そのための情報をこれからも発信していくので宜しくお願いします。

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あと、良かったらこの記事も読んでみてください。

どうして不動産投資を諦めネットビジネスなのか?